【水に流せ】
 
僕の目の前には、いつも紐がぶら下がっている。
 
材質は、おそらく綿。
所々に手垢のような汚れがついている。
紐の先端は、直径5mm程度の
小さな球でプラスチック製。
 
一言で言うなら、蛍光灯の紐。
 
こいつは、他の人には見えない。
ただ、何処にいても必ず紐は僕の目の前にあるし、
引っ張られるのを待っているようにブラブラと揺れている。
 
きっかけは、一通のメールだった。
 
「あなた専用の紐をご用意しました。
 この紐を引っ張ることで、
 その時点のあなたにとって最も必要ないモノを
 水に流すことができます。
 使用限度は2回です」
 
差出人不明のメール。
これを読んだ瞬間に、目の前に紐は現れた。
ちょうど友人連中と安酒をしこたま飲んでいる最中で、
かなり酔いの回っていた僕は、即座に紐を引っ張った。
 
便所の水が流れる音が頭の中に響き、
ひとりの友人が跡形もなく消え去った。
 
僕は、彼と付き合っている17歳の女の子に
恋をしていた。
 
つまり、そういうことだった。
 
そして、今。
目の前には18歳になった彼女がいる。
 
彼女の目には、涙が浮かんでいる。
僕が「中絶しろ」と言ったから。
この歳で父親、冗談じゃない。
 
そうだ、紐を引っ張ろう。
必要のないモノは、すぐ目の前にあるじゃないか。
 
そう思って目の前に手を伸ばしたとき。
 
僕の頭の中で便所の水が流れる音が響いた。
 
強烈な圧力に流されていく感覚の中。
 
 
彼女の、手に
 
 
紐が、握られて、いるのが、見え、た 。
 

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